最後のひとくち恐怖症(勝手に命名):自分史番外編

私は外食が嫌いです。
外食に限らず、外に出ること自体嫌いなのですが

「お店で美味しいものを食べたい」
「普段食べないような変わった料理を食べたい」
という気持ちがまったくありません。
「外食をして具合が悪くなったらどうしよう」という不安がいつもあるからです。
食中毒の心配ではあまりせん(;^ω^)

こうなったことの理由として、思い当たるのは小学生のときの給食の時間。
小学生のころから、給食の時間が大嫌いでした。

  • お残しは絶対ダメ
  • 給食の食器はキレイにして返す。

どちらも当時の担任の先生に言われたことです。

残してはダメ。というのは作ってくれた人への感謝の気持ちということなので、ダメな理由はわかります(でも、どうしても食べられないこともある)
食器をキレイにして返す。給食を作ってくれた人が食器を洗う時に少しでもラクになるように、という理由です。
この『キレイにする』は、自分たちで洗って返すわけではありません。
私が小学生のときは、給食の主食はほとんどがパンでした。
そのパンでお皿やスープの器をキレイに拭って(そのパンももちろん食べます)食器をキレイにして返しなさい。という先生からの教えがありました。
パンを最後に残しておいて、残しておいたパンで器を拭う。
これがどうしてもできませんでした。

ただでさえ給食は全部食べきれず、お残し禁止だから満腹で残したいけど残せない。なおかつ最後にお皿がピカピカになるまで拭ってパンを食べる。
お皿に残ったソースをちょっとパンに付けて食べてみようか。という感じではなく、お皿の汚れがなくなるまでパンで拭うのです。
それを見ているだけで、ちょっと気分が悪くなるほどでした。

そのころから、ご飯が残り少なくなると気持ちが悪くなるという謎現象がたびたび起きるようになりました。(これは未だにあります)
あと一口で終わるのに、その一口が食べられない。(最後のひとくち恐怖症←勝手に命名しました
無理やり口に入れても飲み込めない。
給食の時間はとにかく苦痛でした。

おかずは残すとバレるので、量を減らせられるのはパンだけ。
いかにしてパンを周りの友達にバレないように残して持って帰るか、給食は毎日そんなことばかり考えていました。
「お腹がいっぱいだから残していいですか!」とハッキリ言える性格ではなかったので、毎日パンを食べるふりをしてちぎりながら机の中に一旦保留(!)その後こっそり給食ナフキンに包んで回収。というセコい隠し方をして持ち帰っていました。
お残しがダメなのはよくわかっていたので、わかっているからこそ残しちゃいけない!食べなければ!という罪悪感とプレッシャーとの戦いです。
(でも結局、隠して残すんですけどね)
「残したい」という意思表示ができない子供でした。

大人になってから、20数年ぶりに子供の授業参観などで小学校に行く機会がありましたが、参観はだいたい給食のあと。
学校に入った瞬間、給食のなんとも言えない懐かしい匂いと気分の悪くなる臭いの両方を感じました。どちらが強いかといえば後者ですが…。子供の通った小学校は私の母校でもあるので、気分の悪さが増したのかもしれません。

給食と同じように、お店で出されたものも残すのはよくないと思っているので、食べることが苦痛という点では給食と同じです。
嫌いな外出をして、さらに全部食べるというプレッシャー。
そんな苦痛を味わいながら、ご飯は食べたくありません。
子供のころは家族が外食に行っても、私は一緒には行かずに家でテレビを見ながらひとりで食事をしていました。外食に誘われても全部断る!本当に付き合いの悪い人間です。

そんな私が唯一、外食に誘われてOKを出す場所があります。
それは、

『回転寿司』(∩´∀`)∩

自分のペースで好きな量を好きなだけ食べられるから(*´ლ`*)
回転寿司のみお誘いOKです笑 ←わがまま

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